I. 緒言
食事は日常生活の一部であり、通常は特別に意識されることは少ない。しかし高齢期おいては、何らかの疾患の影響で口から食べることができなくなったり、特別に配慮した食事だけが許可されるような食事制限が加えられるなど、食を取り巻く環境が大きく変化することがある。
摂食嚥下障害によって経口摂取が困難と診断された場合には、栄養療法としては ASPEN (American Society for Parenteral and Enteral Nutrition:米国静脈経腸栄養学会) のガイドラインが重要な指針となっている。そのアルゴリズムによると、栄養療法には経静脈栄養と経腸栄養があり、消化管が使用可能であれば経腸栄養が優先される。その中で今日の日本では、長期的に経口摂取が不可能という場合には胃ろう (腹部に小さな穴を開け、胃の中にチューブを通して栄養、薬剤、水分の補給をする方法)による経腸栄養が選択されることがある。胃ろうは、1979年に生後6か月の神経障害患者に対して、内視鏡による胃ろう造設に成功したのが始まりとされ (吉田 2016)、日本では 1983年に報告されたのが初めてであり、全日本病院協会が 2011年に報告した調査によると、日本全国で胃ろう造設者は 26万人と推計されている(全日本病院協会 2011)。しかし、日本老年医学会が「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する立場表明を発表し (日本老年医学会 2012) 高齢者においては延命中心から本人の尊厳や意志重視へと価値観が変化したことで胃ろう造設が慎重になり、胃ろう造設術件数は減少した (奥山 2014)。そして、「無駄な延命治療」「国民医療費の無駄遣い」という議論のもとに社会的にバッシングも受けた。胃ろうをめぐる倫理的問題は、終末期認知症に絞って議論されるべきであるという意見もあるが、これにより全ての胃ろうが悪ととらえられ、本来胃ろうを使って経腸栄養管理を進めるべき症例でもそれが進められないという状況も出ている。
本研究では、このような食をめぐる医学的背景をもとに、高齢期における食に対する認識や価値観を明らかにし、医療的管理と食文化との関係について焦点をあてて検討することとした。
II. 研究方法
1、急性期病院に勤務する医療従事者に対するアンケート調査
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① 対象者:医療従事者 (歯科医師、言語聴覚士、理学療法士、管理栄養士) 29名
歯科医師、言語聴覚士、理学療法士は、摂食嚥下に関わる診療や関連するリハビリテーションを日常的に実施し、管理栄養士においては、日常業務中に嚥下調整食を扱っている。しかし、摂食嚥下障害に対する知識には個人差がある。
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② 調査方法:医療従事者としてではなく、個人の意見を知る目的で、「食の楽しみ」「食に関する医療行為」「将来の食への希望」について5段階評定尺度法および自由回答による独自に作成したアンケート調査を実施した。なお「将来の食への希望」に関しては、認知機能が保たれているかどうかに分けて回答してもらった。
2、パーキンソン病による摂食嚥下障害により、胃ろうを造設したC氏の臨床経過と食生活の変遷
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① 対象患者:摂食嚥下障害により食事摂取が禁止されていた80代の男性患者C氏。背景疾患はパーキンソン病。
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② 対象者との関わり: 急性期病院で食事困難の診断を受けて胃ろうを造設し、退院後に自宅で過ごすため、かかりつけ訪問医が必要となり自宅近くのK診療所が紹介された。訪問診療が開始となっても、退院後1か月程度は主な栄養は胃ろうからで、プリンやヨーグルトなど、どの部分を食べても滑らかさや硬さが変わらず、毎回同じように口から喉へと入っていくような食べ物をごく少量だけ食べることだけが許可され、それだけを口から食べていた。しかし、全身状態も安定し、食べられるものも増やせるのではないかということで、K診療所内で摂食嚥下障害の診察を担っている筆者へ依頼があった。
通常、内科の在宅訪問診療は医師が短時間で何件も患者の自宅を訪問する必要があるため、診察のみが行われ、家族や患者本人の話を長時間かけて聞くということは難しい。しかし、摂食嚥下障害診療というのは「食事ができない」という生活の一部を解決するということになるので、患者や家族のこれまでの食事環境、食事内容、生活背景、実際の今の咀嚼や嚥下の状態、全身状態など幅広い視野で診察する必要がある。さらに、リハビリテーションを実施したり食事指導をする必要があるため1回の訪問で30分以上は滞在する。訪問診療としては長い滞在時間は、患者にとってはゆっくり話を聞いてくれる、心配事を相談できるという時間と感じるようである。C氏と配偶者ともそのような時間と会話を重ねることで自然と信頼関係も生まれ、時には診療と全く関係のない血圧記録をエクセルでグラフにする方法を尋ねられたり、孫の話や庭の木々の話をしたりすることもあった。
多くの場合、胃ろうを保持しながら自分の考えや体調を伝えたりすることができる患者は少なく、さらにC氏とC氏の配偶者のように日々の記録を残していることは皆無である。だからこそ、このように上手に胃ろうと付き合っている姿を講演や発表を通じて多くの人に伝えたいと思っていた。そこで、ある訪問診療日にC氏とC氏の配偶者に、講演や発表などを通じて同じような環境の患者への成功例として伝えたいと相談した。すると「私のことで役に立つなら」と日記を貸してくれたり、こちらが作成したアンケートに回答してくれたりした。今回この内容を報告できるのは、C氏とC氏の配偶者の厚意によるものである。
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③ 調査方法:胃ろう造設後に自宅退院し、少しずつ口から食べられるようになっていった過程を、診察中に行った摂食嚥下評価を中心とした臨床経過およびアンケート、インタビュー、食事日記を通して検討した。なお、アンケート内容は胃ろうに対するイメージや感想、C氏の配偶者に対しては胃ろうに対するイメージや感想、家族が胃ろうを造ることに対する考えについてとし、インタビューはアンケート結果をみながら、その意図を補足するものとした。
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④ 分析方法:診療録より臨床経過を中心とした複数の段階 (Ⅰ期:経管依存期、Ⅱ期:経口移行期、Ⅲ期:経口拡大期、Ⅳ期:経口安定期) に分類し、診察時の会話によるその各段階での食への主観的体験と実際の食生活状況について分析した。またアンケート結果から、胃ろうの経験や口から食事を行うことに対する思いや価値観に関する記述を抽出し、食に対する思いやその変化について分析した。
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⑤ 倫理的配慮:本研究の全対象者に、今回の研究の趣旨、内容、成果発表に関して個人情報の管理、研究協力の有無、成果の発表については同意後の撤回により不利益を生じないことを書面および口頭で説明し、同意を得た。
また、本研究は女子栄養大学倫理審査委員会 (承認番号:第362号、承認日:令和3年9月22日) および東京都立荏原病院倫理委員会 (承認番号:第390号、承認日:令和4年1月17日) の承認を得て実施した。
III. 結果
1、急性期病院に勤務する医療従事者へのアンケートの質問と回答
各質問に対する結果は次のようである。なお、質問によっては複数回答可能としている。
1) 食事をするときに気をつけていることは何ですか? (複数回答あり)
2) 食の楽しみについて
① 食べることが好きですか?
② 食事をしていて楽しいと感じるのはどんな場面ですか? (複数回答あり)
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好きなものを食べるとき 89.7%
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友人と食事をするとき 82.8%
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家族で食事をするとき 79.3%
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季節のものを食べるとき 62.1%
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行事食を食べるとき 48.3%
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一人で食事をするとき 13.8%
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生まれ育った郷土の料理を食べるとき 13.8%
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外食するとき 3.4%
③ 年を重ね、食事が食べにくい状態になったとしても家庭の味を食べ続けていきたいと思いますか?
3) 食に対する医療行為について
①「胃ろう」から栄養を補給するイメージで当てはまるものを選んでください (複数回答あり)
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胃ろうにした方が良いこともある 88.9%
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胃ろうになったら長く生きられる 18.5%
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胃ろうになったら食事はできない 7.4%
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胃ろうになったら食事を楽しめなくなる 3.7%
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特にイメージは無い 0%
②「点滴」から栄養を補給するイメージで当てはまるものを選んでください (複数回答あり)
4) 将来の食への希望について
① 認知機能は保たれているけれども (摂食嚥下障害によって) 普通の食事が食べられなくなったとき、何らかの特別な対応を受けたいですか?周囲の状況は考えず、あなたの正直な気持ちでお答えください。
② とても受けたい⋅受けたい⋅どちらでも良いと答えた方へ 受けたい対応は何ですか (複数回答あり)
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食機能回復のためのリハビリテーション 88.5%
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嚥下食などの特別な食事の対応 73.1%
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点滴により血管から栄養を補給する医療処置 15.4%
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鼻や胃から栄養を送る管によって栄養を補給する医療処置 7.7%
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その時に適した栄養方法での投与 (医療処置) 3.8%
③ あなたの認知機能が低下し、周囲の方々からの支援が必要になったとします。どうしても口から食べられず、栄養が摂れない状況が長い期間に及ぶ場合、あなたがしてほしいと思う対応は何ですか。周囲の状況は考えず、あなたの正直な気持ちでお答えください (複数回答あり)
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食機能回復のためのリハビリテーション 46.4%
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嚥下食などの特別な食事の対応 42.9%
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点滴により血管から栄養を補給する医療処置 14.3%
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鼻や胃から栄養を送る管によって栄養を補給する医療処置 0%
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その時に適した栄養方法での投与 (医療処置) 3.6%
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特になにもしてほしくない 35.7%
2、胃ろうを造設したC氏の臨床経過と食生活の変遷
胃ろう造設から経口摂取のみへ回復するまでの臨床経過および食生活、本人の言葉による食に対する主観的体験について、各段階においてカテゴリー化したものの詳細を表にした (表 1)。
Ⅰ期 (経管依存期) では、病気悪化のため急性期病院に入院中に胃ろう造設となり、嚥下画像検査の結果により重度嚥下障害と診断され、退院後も経口摂取はほぼ無く、胃ろうからの栄養 (経管栄養) が中心であった。直接訓練 (食べ物を使った摂食嚥下訓練) として、プリン、ゼリー、ヨーグルト、カステラなどを安全面を考慮してごく少量だけ食べることを許可されていた。わずかな経口摂取への試みは極めて限定的であったが、本人の日記には星印をつけて「プリンを3サジ食べた」という記載や「カステラは誤嚥 (飲み込んだ食物や唾液が胃ではなく肺に誤ってはいってしまうこと) の可能性があるから注意とのこと」と自分への注意なども記載されていた。
Ⅱ期 (経口移行期) では、口腔機能は保たれていたものの嚥下機能は不十分であり、粥や市販嚥下食を少量摂取する段階であった。栄養は引き続き胃ろうを主体としつつ、1日3食のうち1食のみ経口摂取を併用とした。本人からは「少し硬いものが食べたい」との話があったので、咀嚼嚥下練習としてスルメを噛んで唾液を嚥下するという訓練を提案し、飲み込むのは唾液だけでスルメ自体は飲み込まないよう指導した。が、日記には「夕飯でステーキを食べた」と赤字で記載あり、毎日の食事が取り戻されてきた喜びがみられたものの、この時点でまだ医療側としては許可していた食事は「軟らかくてかみ切りやすいもの」という限定的なものとしていたので、誤嚥や窒息事故につながらないよう安全面を注視する必要があった。
Ⅲ期 (経口拡大期) では、嚥下機能は徐々に改善しつつも不安定な時もあったため、食事量の増加に伴い誤嚥や窒息リスクへの配慮が必要な状態であった。食事は1日3食のうち2食、胃ろうからの栄養は経口摂取量に応じて栄養剤が減量された。本人からは「刺身や生野菜が食べたい」といった具体的な食の希望がみられた。しかし、C氏の摂食嚥下状態は、口腔内から咽頭、食道へと送り込む力が弱く、あらゆる食品に対応できるところまでは改善していなかったため、主な食事内容は、主食はご飯、副菜はカボチャ煮、タラのあんかけ、肉じゃが、デミグラスシチュー、鳥団子の甘酢あん (いずれも市販の嚥下食) 間食はカステラを野菜ジュースに浸して食べるなど本人の希望するようなものではなく、主菜が2品であったり、毎日同じものであったりと、栄養バランスや一汁三菜のような和食献立は考慮されていない食事が提供されていた。それでも、診察時の会話からは普通の食事に近いものを食べているということそのものが喜びであることが感じられた。また、配偶者の日記には「久しぶりに赤身マグロ7切れ 美味しかったよう」と家族としても本人が美味しく食べている姿に喜びを感じている記載があった。
Ⅳ期 (経口安定期) では、咀嚼⋅嚥下機能は概ね安定し、食事はほぼ経口摂取で可能となった。水分摂取にはとろみを要するものの、栄養は食事のみで維持され、家族と同じものを食べられるようになっていった。ある日の食事は、ご飯、小松菜と豆腐の味噌汁、豚生姜焼きで、朝食にパンも食べるようになっていた。本人からは「食事は心配ありません」との発言がみられ、食に対する不安の軽減が認められたが、その時期から足が弱くなって長距離歩けない、足が出ない時があるなど、食事以外の生活状況の不安を訴えることが増えてきた。
Ⅰ期からⅣ期へと進むにつれ、医療的安全の配慮から指示された食べ物だけの食事から、自分の意志や希望による開放的な食事へと進んでいったことがわかる。
3、C氏と配偶者へのアンケートおよびインタビュー結果
アンケート内容及び回答は以下のようであった。
1) C氏へのアンケートおよびインタビュー
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① ご自身が病気になる前の胃ろうに対するイメージをお聞かせください
予備知識なし
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② 胃ろうを造ってよかったと思いますか?そう思う理由は何ですか?
食事の心配をしなくてよくなった。
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③ 口から食べる練習もしてきましたが、練習中でまだたくさん食べられなかった時に、口から食べるということに対してどんな思いがありましたか?
口から食事をすることに人間らしさを感じている。
(インタビューで補足) 入院中は何かを食べたいという気持ちはなかった。胃ろうからの栄養でお腹がいっぱいになり、噛んで食べるのとかわらなかった。満足感はあったけれど、胃ろうはこれしかないというあきらめだったのかもしれない。
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④ 世間では胃ろうに対するイメージはそれぞれですが、胃ろうにするか悩んでいる方やその家族に対してなにか伝えたいことはありますか?
食生活の最終手段と思い、「胃ろう」を使うことにしている。
(インタビューで補足) 胃ろうに感謝している。かんしゃくを起こすことはない。
2) C氏配偶者へのアンケートおよびインタビュー
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① ご家族が病気になる前の胃ろうに対するイメージをお聞かせください
胃ろうを耳にした事はありましたが、まさか主人がそうしなければならないとは、思いもよらぬことでした。どういうものか、はっきりとはわかっていませんでした。
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② 現在の胃ろうに関する思いやイメージをお聞かせください。
衣類の着替えやお風呂に入る時など、気を使いましたが現在はスムーズにできています。現在は3食とも普通食で、水分はとろみをつけ「口」から飲み、薬は種類により胃ろうから入れています。
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③ 胃ろうを造るかどうか決断を迫られた時の心境はいかがでしたか?ほかの家族の意見はいかがでしたか?
痰が絡み、飲めない、食べられない状態だったのでこれしかないと思い、子供たちを呼んで決断しました。迷いも反対もなかった。本人と面会ができず、本人の承諾を得ていないのが気がかりだった。
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④ 口から食べる練習もしてきましたが、練習中でまだたくさん食べられなかった時に、口から食べるということに対してどんな思いがありましたか?
食事が少しずつできるようになり、全粥から始め、2~3か月毎にだんだんおかずの種類も増え、体重も52kg→62kgになり、今は65kgくらいになって食事も薬の心配もなくなりました。胃ろうを造ったからこそ「口」から食事をとれるようになり、元気になったことに「感謝」です。
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⑤ 胃ろうを造ってよかったと思いますか?そう思う理由は何ですか?
「口」から何も入らなくなった時、胃ろうの話を聞き、これで生きられると思いました。
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⑥ 世間では胃ろうに対するイメージはそれぞれですが、胃ろうにするか悩んでいる方やその家族に対してなにか伝えたいことはありますか?
生きるための方法として、胃ろうは大きな手段だと思います。必要なくなれば外せばよい事ですし、本人は一生つきあうと言っています。第2の「口」として必須だと思います。
(インタビューで補足) 弱っていく姿を見ていられませんでした。子供たちもよかったねと言っています。
本人、配偶者ともに胃ろうに対して感謝の気持ちを持ち、前向きな回答であった。
IV. 考察
1、医療従事者における価値観の変化
今回アンケート調査の対象となった医療従事者の多くは、胃ろうを保持している患者に関わったことがある。実際に、脳血管疾患によって禁食となり、胃ろう造設して栄養や水分を確保しながらリハビリテーションを実施して改善し、再び経口摂取可能となったという症例もある。その反面、意識障害や認知症によって本人の意思確認が困難である状況で「食べられないけど見殺しにはできない」「弱っていく姿を見ていられない」という家族の意向、また原疾患は改善したけれども自宅介護は困難で、退院先選定のための手段とされるなど、胃ろうを造設することが本人の意思を含んだ症例は多くはないということも見てきている。こういった、本人の意思が確認できずに周囲の状況だけで判断された胃ろう造設は、再び経口摂取できるようになるという前向きな目的から逸脱し、患者によっては延命処置ともとられる場合がある。したがって、医療従事者の中で栄養に関する医療処置への複雑な印象を持っている者もいると考えられる。こういった状況により、摂食嚥下障害に対する考え方には、医療者間でも価値観の違いが存在する。例えば、患者が希望する食事を許可した場合、誤嚥や窒息のリスクの可能性は高まる一方で、患者の QOL (Quality Of Life 生活の質) 向上につながる可能性もある。安全性を優先するか、患者の希望や QOL 向上を重視するかで判断が分かれることもあり、摂食嚥下障害診療においては、医学的な合理性のみではなく、医療従事者個人の価値観も治療方針に関与していることがある。
今回医療従事者向けに行ったアンケート結果から、食べることに関しては好きと答えた回答は90%近くあり、食事のときに気にかけていることは、多くの場面で栄養バランス、次いでおいしさであった。また、食事場面では家族や友人と食事をすること、つまり共食に喜びを感じる回答者が多かった。また、摂食嚥下障害によって食べられなくなった場合、嚥下食やリハビリテーションなど、体に侵襲の少ない対応は受けたいけれども代替栄養は避け、場合によっては何もして欲しくないという回答者も多かった。これらの回答の背景には、先に述べたような医療従事者個人の価値観の相違と、可能な限り侵襲的な医療行為を避けたいという心理があると考えられた。つまり、医療者として患者を支援する立場では、安全性や生命維持を優先する責任が求められる一方、自身が患者となった場合には、食の楽しみや人間らしさといった価値が重視される。このような立場の違いが、価値観の差につながったと考えられた。
また、「食べられない」という状況において何が最善であるか、これこそが個人の自律性に基づくべきである。しかし状況によっては、「死んでほしくない」「見ていられない」といった家族の感情や、生命維持を優先しようとする医療従事者の責任感が、その判断に大きく影響しているのが現状である。
2、C氏における食事をする意味の変化
胃ろうの医学的側面での適応は、小児難病、頭頚部~食道に及ぶがんの治療後、神経難病、脳血管疾患による摂食嚥下障害である。これらの疾患は器質的な変化によるものや、治癒よりも背景疾患としてコントロールしながら寛解 (症状が落ち着いて安定した状態) を目指すものであり、その補助的栄養療法として利用価値が高い。また倫理的側面での適応は、日本老年医学会のガイドラインによれば、本人の人生をより豊かにすること、少なくとも悪くしないことを目指して本人の QOL の保持、向上および生命維持のためにどのような介入をする、あるいはしないのかによるとされる。つまり、患者本人のこれからの人生がより豊かとなるかどうかという点が適応を判断する点である。
C氏は診察のたびに「どのような運動をするとよいですか」「すぐ疲れてしまうのはなぜでしょうか」「喉に引っかかる感じがあるときは出してしまっていますが、良いですか」など質問も多く、自分が健康を取り戻すためにはどうしたら良いかということを、いつも考えていた姿勢が見受けられた。全身運動として歩くことを勧めると、家の近所への散歩のときに足がすくんでうまく歩けなくなってしまったという経験から、簡易的なトランシーバーを購入して家にいる配偶者に渡し、自分もそれを持って散歩に出たといって実際に見せてくれた。このように、自分の健康状態を改善する方法を常に考え、素直に受け止めて実行に移すという行動力もあった。
食事に関しては、医学的見地から食事が極度に制限されていたⅠ期の段階では、口から食べるという行為そのものに喜びを見出していた。すなわち、食事が「口から食べること」自体が持つ体験的な価値として捉えられていた。その後、Ⅱ期からⅢ期にかけて段階的に摂取可能な食品が拡大していくにつれ、食感や味、食品の種類の拡大に対する意欲が高まり、「硬いものが食べたい」「生野菜が食べたい」「寿司が食べたい」といった希望や、医療従事者側が誤嚥や窒息事故を考慮して提案していた内容の許容範囲を超えた食物への試みがみられることもあった。これは、かつての日常的な食生活を再び取り戻そうとする意向や、それが可能かどうかを模索する過程であったと考えられる。同時に、食事日記に赤字で「ステーキを食べた」「新米を (おいしくて) 食べ過ぎた」などの食に対する小さな喜びもちりばめられていたことは、取り戻しつつあるかつての食生活へ向かう嬉しさを表していたものと考えられた。さらにⅣ期で経口摂取が安定した段階では、食事は特別なことではなくなり、家族と同じ食事をとることが可能となった。この時点で食事は再び生活の中に自然に組み込まれ、「特別な行為」から「日常の一部」へと位置づけが変化していた。
多くの場合、自宅にいて食事を制限されるということは継続が難しい場合がある。それは、回復してくるとかつてのように食べられるようだと感じ、こちらが提案した内容を逸脱した食事をしてしまう、あるいは家族が提供してしまうことも多いからである。C氏には、助言を受け入れる素直さ、必ず実行する真面目さ、そして体調変化に慎重に対応する傾向があった。C氏本人の同意がない状態で胃ろうを造設したにも関わらず、C氏が胃ろうと上手に付き合い、再び口から食べられるまでに回復したのは、ご本人のこういった性格、そしてC氏の配偶者においても食事内容や体調変化を丁寧に観察し、継続的に支援していたことにあると考えている。
C氏にとって胃ろうはどのような価値を持ち、C氏の食生活にどう関わっていたのだろうか。先に述べたガイドラインによると、人生を豊かにできるかどうかという点が倫理的な面での適応となっているが、C氏は食への意欲が強く、認知機能も保たれていた。その上で胃ろうによって栄養⋅水分⋅薬剤の安定した補給が可能となり、その結果として摂食嚥下リハビリテーションを継続することができ、最終的には経口摂取の再獲得へとつながった。C氏にとって胃ろうは、非日常的な医療的迂回路でありながら、再び日常の食生活へ戻り、豊かな人生をおくる過程を支える手段として機能していたと考えられた。また、C氏および配偶者は、「食事の心配をしなくてよくなった」「第2の口として必要である」と語っており、胃ろうを単なる医療処置ではなく、“生きるための手段”として受け入れていたことがうかがえた。一方で、「口から食べることに人間らしさを感じる」という言葉もみられたように、胃ろうのみでは食事の楽しみや共食の喜びを享受できるものではなかった。最終的にC氏は家族と同じ食事を囲めるまでに回復し、食事は再び「特別な行為」ではなく「日常生活の一部」へと戻っていったが、胃ろうは食文化の中心にある「共に食べること」や「味わうこと」を完全には補完できない医療的手段であるともいえる。
しかしC氏の場合、胃ろうは食文化から完全に切り離すものではなく、再び口から食べ、自分らしい食生活へ戻るための過程として機能していた。これは、食の自律性が一時的に制限されることがあっても、適切な医療的支援と本人⋅家族の理解によって、再び「何を、どのように食べるか」を取り戻せるという可能性を示していた。以上のことから、様々な状況があるため全ての胃ろう保有者には当てはめることはできないが、胃ろうは食文化を失わせるだけのものではなく、状況によっては食文化とのつながりを再構築するための医療的手段としての意義を有すると考えられた。
今後の課題として、C氏のこれまでの食文化を背景に食事日記に記載されていた献立をさらに詳細に分析し、食文化や食の自律性をどう取り戻せたのかについて検討していきたいと考えている。
V. 要約および結論
本研究では医療従事者へのアンケート調査と胃ろう造設後に経口摂取を再獲得した一症例を通し、食における医療的対応と食文化との関係について検討した。その結果、多くの医療従事者は食に関する医療的対応を選択しなかったものの、C氏の症例から食の自律性を一時的に制限する一方で、再び個人の食文化と食の自律性を取り戻すための手段として利用できる可能性があることが示唆された。


